| 大田神社(恩多社) | |
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大田(おおた、おほたの)神社は、上賀茂神社の境外摂社で、祭神は天鈿女命(あめのうずめのみこと)と猿田彦命(さるたひこのみこと、大田命)。 かつては、「恩多社」(『中右記』)、「太田神社」と記述された例もある。芸能上達と長寿福徳の信仰がある。 歴史 もとは渡来系の先住民の福神が祀られ、上賀茂神社よりも古く鎮座する農耕神とみられている。社域は、この地から一度も離れていない。 また、壬生、丹生、小野などの氏族の祖神ともいわれている。それらは白鬚社、百大夫社、福徳社として境内に今もある。その後、上賀茂神社に近いこの地も、沼沢の池の開墾にかかわった賀茂族の影響が及んだとみられる。 江戸時代、1628年に改修された流造檜皮葺本殿と割拝殿の拝殿がある。 池 境内に広がる池の広さは2000平方メートル。古代の京都がまだ湖であった頃の面影を残す泥炭池といわれる。かつてこの一帯は、深泥池とあわせて一つの沼地だったという。 本殿裏山からの湧水により、沼沢は保たれてきた。だが、1955年頃から周辺の開発などにより湧水が涸れ始めた。水の確保がしだいに難しくなり、いまは井戸水で補っている。 カキツバタ 境内の大田の沢には、天然のカキツバタ(アヤメ科アヤメ属)の25000株の群落が見られる。大田神社のカキツバタは、平安時代にはすでに知られていたという。例年開花するのは5月初旬から中旬頃で、国の天然記念物(1939)に指定されている。 祭礼 毎月10日の午後7時頃より、「チャンポン、チャンポン神楽」という巫女神楽(京都市登録無形民俗文化財)の月次祭奉納が続けられている。太鼓、鼓、鉦などの囃子の音から、「チャンポン神楽」と俗称されている。 お囃子にあわせて、巫女が鈴を鳴らしながら左回りに舞い続ける。この素朴な神楽の歴史についてはよく分かってない。家内安全、長寿延命を祈願する巫女神楽は、日本で最も古い舞いの形式を今に伝えているといわれている。春祭(4月10日)などでも奉納される。 2月24日に福徳社の祭礼「幸在祭(さんやれさい)」が大田神社に参拝、上賀茂神社でお祓いを受ける。 賀茂祭(5月15日)の午前、「上賀茂やすらい祭り」のシャグマの舞が当社に奉納されている。 場所 北区上賀茂本山340、上賀茂神社から東へ500メートル |
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![]() 末社・白鬚(しらひげ)社、祭神猿田彦神 |
![]() 末社・百大夫(ひゃくだいふ)社、祭神・船玉神(ふなたまのかみ) |
![]() 末社・鎮守社、大国主神、少彦名神、はしかなど病を治す神 |
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![]() 藤原俊成「神山や 大田の沢のかきつばた ふかきたのみは 色に見ゆらむ」 |
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背後は大田山の森 |
![]() スギの巨木の切り株 |
![]() 境内の裏にある「大田の小径」 |
![]() 大田の小径からの市内の眺望、山は東山 |
![]() 巫女神楽、チャンポン神楽 |
![]() 上賀茂やすらい祭り |
| 福徳社 | |
![]() 福徳社 |
大田神社すぐ南にある福徳社の鎮座年代などは不詳。祭神は福徳神。 サンヤレ祭 毎年2月24日、「さんやれ(幸在)祭」が行われている。さんやれは「山生」「山荒」とも書かれるという。豊作祈願の祭礼で、江戸時代初期から上賀茂地域の農家に伝わっている。 各家の15歳になった男子の元服式(成人式)を祝う上賀茂地区氏子の祭礼。 この日、大島紬を着た男子と先導する子どもらは、「タイショウギ」という葉のついた枝、幣に続き、鉦太鼓、笛で囃子ながら、「おんめでとうござる、おんめでとうござる」と唱えて行列する。福徳社、大田神社に参拝し、さらに上賀茂神社でお祓いを受ける。 この日を持って「さんやれ講」を「あがり」となった男子は、袂のある着物、羽織を着ることが許され、大人として扱われる。 |
![]() 祭列は、福徳社の周りを三度回る。 |
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