| 深泥池 | |
![]() 深泥池 ![]() ![]() ジュンサイ ![]() 「深泥池生物群集」の碑 ![]() 「名を聞けば かげだに見えじ 深泥池 すむ水鳥の あるぞあやしき」和泉式部 ![]() ![]() 白いカキツバタ、5月下旬 |
深泥池(みぞろがいけ、みどろがいけ)は、京都市内の北部、住宅地の中にある。三方をケシ山、高山、西山など標高百数十m程度の低山で囲まれている。池の中央に浮島があり、南に開水域がある。 池の底に、泥が深く積み重なっていることからこの名がついた。池は、氷河期から続く貴重な湿原池となっている。北方寒冷地と南方温暖地の動植物、菌類植生が混在しており、「天然の古墳」といわれる。 池の概要 池の周囲は1.5q、面積9ヘクタール、標高75m。池に流入、流出する河川はない。水は酸性で冷たく、栄養分に乏しい。 池の一番下には堅いチャートの岩盤があり、すり鉢上になっている。ここにミズゴケなどが分解せずに堆積した、泥炭層の堆積物が最深部で17.4m近くあるとみられる。さらに各年代の火山灰や、鴨川扇状地の堆積物が層を成して堆積している。その最上部に水深2m以内の池があり、浮島がある。 歴史 深泥池の旧鞍馬街道沿いには、平安時代末、1157年に京の六地蔵の一つ御菩薩池(みどろいけ)地蔵が祀られていた。鞍馬の毘沙門天が、この地を荒らす鬼を退散させたという伝承もある。その菩薩は、明治期の神仏分離令(1868)により、鞍馬口の上善寺に移され、いまも「深泥池地蔵」(鞍馬口地蔵)として祀られている。その後、地蔵を失ったこの地で疫病が流行り、再び地蔵尊が祀られた。 古くより上賀茂神社の領地で、室町時代後期に入植が始まった。室町時代には関所「美曾呂池関」も設けられていた。行基の修法により弥勒菩薩が現れたことから、御菩薩池とも呼ばれた。また、美曾呂池、泥濘池、美度呂池、美美度呂池、御泥池などの表記も残る。 池は、『今昔物語集」(平安時代末)、『梁塵秘抄』(平安時代末)、「洛中洛外図」(上杉本、安土桃山時代)などにも取り上げられている。 北にある峠の御菩薩坂には、円墳の本山古墳群、ケシ山古墳群、北の山には飛鳥時代以来の須恵器、瓦などの窯跡も見つかっている。京焼の初めとされる「御菩薩池焼」もあった。池の畔の道は、貴船・鞍馬に通じる道で、1186年、後白河法皇もこの街道をたどって桧峠(深泥坂)へ向かった。 池の歴史、生態 池は数千年前、鴨川の氾濫によって自然堤防が形成された。1500年前、人工の堤が築かれ、用水池としても利用された。 池は約10数万年前に形成され、ハリミズゴケやオオミズゴケの遺体が堆積して形成された浮島が、池の3分の1を占める。浮島はメタンガスの発生により夏場は浮上し、冬は沈む。 浮島、浮島の北側に広がる浮島外縁帯には、さまざまな植物が自生している。リス氷期からの生き残りの貴重な植物種、最南限のホロムイソウ(属は一種のみ)、アカヤバネゴケ、ケスジヤバネゴケなどが見られる。また、ミツガシワの大群落(開花期4月)、白いカキツバタ(開花期5月)、ハナショウブ、ラン科のトキソウ(開花期5月)、ジュンサイ、ヒメコウホネ、ヒシなどの水生植物、モウセンゴケ、タヌキモなどの食虫植物、南限貴種ミヤマウメモドキなどがある。また、トンボ62種、クモ200種、ミズグモ、ハナアブ、ネクイハムシ、アメンボなどのさまざまな昆虫、魚類6種、野鳥160種も見られ、関西有数の探鳥池としても知られる。また、プランクトンの種類も多い。 保護活動 1927年に、深泥池植物群落として国の天然記念物に指定された。1988年、動植物菌類すべての生物を含んだ深泥池生物群集に拡大変更になっている。なお、1990年、池沿いでの道路拡張計画が明らかとなり論議を呼んだ。1997年に京都市が池を買いあげた。 深泥池は、水生生物(ミズグモ、水生植物等)が群生し、カモ等の水鳥の飛来するとして京都府の「京都の自然200選」に選定された。 池の水は、湧水と雨水によって保たれてきた。現在、水を供給する集水域が減少しつつある。生活廃水、水道水の流入、道路建設、外来種混入などによって池の生態系に変化が生じ、すでに絶滅した種もある。このため、池の環境保全、生物の保護、調査活動などが続けられている。 1965年以来、市民団体「深泥池を美しくする会」の地道な活動も続けられている。また、1998年に、外来魚の調査捕獲をする「深泥池水生動物研究会」(その後、「深泥池水生植物研究会」と合流し「深泥池水生生物研究会」に改称)の活動も続いている。 ジュンサイ 京料理に使われるジュンサイは、平安時代には「ぬなは」「奴奈波、ぬなわ」と呼ばれ、すでに食用にされていた。江戸時代には、大沢池、広沢池、伏見池(巨椋池)で収穫された。近世以降、深泥池も産地として知られた。 二本の丸太を池に浮かべ、その上にたらいを載せた「筏」に蓑笠の人が入って、3mほどの柄の先の鎌で収穫した。だが、池の水の富栄養化により、1965年頃に中止されている。 河骨 池では河骨(こうぼね)も産した。スイレン科で黄色い花が咲く。根茎が白く、骨のように見えるためこの名がついた。根茎の「川骨(せんこつ)」は漢方薬として、止血剤、浄血剤、強壮剤として使われたという。 |
![]() 秋の日、池の除草を行うボランティア |
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![]() ヒメコウホネ |
![]() 白いカキツバタ |
![]() 周囲の里山、アカマツ、アベマキ、コナラ、コバノミツバツツジ、ミヤマウメモドキ、ハンノキなどの森 |
![]() 池を周回する森の小道 |
京都市 深泥池生物群集 http://www.city.kyoto.jp/bunshi/bunkazai/mizoro.htm 関西野鳥園 深泥池 http://www5a.biglobe.ne.jp/~kageyama/homes.html |
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