| 貴船神社 | |||
![]() 一の鳥居 ![]() 二の鳥居、1989年に再建 ![]() ![]() ![]()
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貴船(きぶね)神社は、鴨川の支流のひとつ貴船川に沿い、南から本社、結社(ゆいのやしろ、中宮)、奥宮(おくみや)と縦に社殿が続いている。 古来より水の神の崇敬を集め、平安時代は鴨川の水源を預かる治水神、「川上の神」とも呼ばれた。 祭神は晴雨をつかさどる「高おかみ神(たかおかみのかみ)」。(高霹神、「おかみ」は、雨冠に口三つ、その下に龍とも書く)。また、罔象女命(みずはのめのみこと)といい、いずれも水の神。また、貴布祢(きふねの)明神ともいう。 奥宮は、「闇おかみ神(くらおかみのかみ)」(船玉命)を祭神として祀る。闇おかみ神と高おかみ神は同一神、対の神ともいう。 水の信仰とともに、火を鎮める水の力により火伏せ信仰もある。神仏霊場会に参加。 歴史 創建年代など詳細については不明。もとは地主神だったと見られている。記録上の初見は『日本紀略』(818)という。伝承では、神代の頃、丑の年、丑の月、丑の日、丑の刻に、貴船山中の鏡岩に神霊が降臨したのが始まりともいう。 また、賀茂建角身命の娘・女神玉依姫命(たまよりひめみこと、玉依比売命、玉衣日姫命)が、浪花の津から黄色い船(「黄船」)に乗って淀川、鴨川と遡り、貴船の地に辿り着いたとの伝承もある。 貴船は、かつては「木船」「貴布祢」とも書いた。「きふね」「きぶね」の名の由来は、「気」の意味の「気生根」「気生嶺」、あるいは「木生根」「木生嶺」とされ、もとは樹木の神、また一帯の山林守護の地主神だったと見られている。 平安時代には、都の丑寅の鬼門の方角にあたり、邪気の侵入を防ぐ意味もあった。神階は、1140年に正一位となっている。 平安時代(1017年以前)より、賀茂別雷神社(上賀茂神社)の摂社だった。摂社となったのは平安時代中期以降ともいう。上賀茂神社焼失の際には一時期、貴船神社にご神体が移されたこともある。ただ、祭祀権、社地を巡り、上賀茂神社との間に境界争い、末社からの離脱の動き(1585-)も続いた。1664年、訴訟は貴船神社の完敗という形で終結した。近代以降(1871)、念願の独立を果たしている。 1871年、官国幣社の制により、官幣中社に指定され、貴船神社と改称している。 この地では、たびたび水害が引き起こされてきた。奥宮は、もとの本社があったところで、後に貴船川の洪水(1046)によって流されたため、1055年に遥拝所だった現在の地に本社が移された。元の社地には、奥宮が祀られたという。 現在の社殿は、江戸時代末に修復されている。 鞍馬寺とのゆかりもあると伝えられている。鞍馬寺を創建した藤原伊勢人は、山中で貴布禰神と出遭い、寺地とすることをゆるされたという。(『今昔物語集』) 水神 貴船神社では、水を司る神のため、「雨乞い」「雨止」の祈願が行われてきた。平安時代、朝廷から奉幣使が遣わされ、雨止には白馬や後に赤馬を、雨乞いには黒馬を奉納する祈雨神事が行われた。それが板立馬、絵馬の起源となったといわれている。 奥宮上流には、龍王の滝(雨乞いの滝)があり、祈雨の際には賀茂県主による法を行っていたという。 本殿の下には、龍神のすむ龍穴があるともいわれる。文久年間(1861-1864)の社殿修復の際に、大工が思わずノミを落としたところ、一転天が掻き曇り、そのノミを空高く吹き上げたという伝承もある。 例祭 水にまつわる例祭があり、初辰祭 (1月)、雨乞祭(3月)、貴船川に人形を流す水無月の大祓式(6月30日)、雨乞い神事の「水まつり」(7月7日)が行われる。江戸時代末期に絶えていたが、1963年に復活した。献茶式、生間流の式庖丁、舞楽が奉納される。 例祭(貴船祭)は6月1日。節分祭(2月3日)は、桃の枝による弓矢を放って悪鬼を祓う。 摂社 白鬚社、牛一社(もとは仏国童子を祀り、その後、木花開耶姫命)、川尾社、鈴鹿社、祖霊社などがある。境外末社は、梶取社、梅宮社、白石社、林田社、私市社などがある。 和泉式部 貴船を平安時代の歌人・和泉式部(978?-?)が訪れたといわれている。貴船川沿いにある「蛍岩」(貴船石)には、「もの思へば 沢の蛍も わが身より あくがれ出づる 魂かとぞ見る」の式部の歌碑がある。 「浮かれ女」といわれた式部は、最初の夫・橘道貞と別れ為尊親王、その弟・敦道親王と死別し、藤原道長の計らいにより後の丹後の守・藤原保昌と再婚した。その夫の心が離れた折に、貴船神社詣により寄りを戻したとも言い伝えられている。(『十訓抄』『古今著聞集』『沙石集』) この歌には貴船明神の返歌があったという。「奥山に たぎりて落つる 滝つ瀬の むたまちる許 ものな思いひそ」 鉄輪の鬼女 貴船の神が貴船山に降臨したのは、丑の年、丑の月、丑の日、丑の刻といわれ、平安時代以来、旧暦12月(新暦1、2月)の丑の刻(午前2時頃)詣りで知られている。「長なる髪をば五つに分け、五つの角にぞ造りける。顔には朱を指し、身には丹を塗り、鉄輪を戴きて、三の足には松を燃し、続松を拵へて、両方に火をつけて、口にくはへつつ、夜更け人定まりて後、大和大路へ走り出て……」(鎌倉時代後期の屋代本『平家物語』「剣之巻」)。 貴船には、室町時代の能楽「鉄輪(かなわ)」、宇治の橋姫・「鉄輪の鬼女」伝承(『今昔物語集』)もある。夫に愛想をつかされた嫉妬深い女房(橋姫)が、貴船神社での丑の刻参りの際に、水神によって教えられたとおり、宇治川で21日浸かり続けると、鬼女と化して復讐を遂げる。 |
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![]() ![]() 貴船神社本宮 |
![]() 龍船閣、懸崖造 ![]() |
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![]() 板立馬(願掛け馬)、絵馬の起源 |
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![]() 「蛍岩」、これらの貴船石は、庭石、水石に使われた。 和泉式部「もの思へば 沢の蛍も わが身より あくがれ出づる 魂かとぞ見る」、詞書「おとこのかれがれに成ける比(ころ) 貴布祢にまうでたるに 蛍の飛ぶをみて」 「木船川 山もと影の夕ぐれに 玉ちる波は 蛍なりけり」。 この付近では現在でも、6月中・下旬から7月初旬にホタルを見ることができる。貴船川には、ゲンジボタル、ヘイケボタル、オバボタル、ヒメボタル、光らないカタアカホタルモドキなど7、8種もいるという。※例年、天候、生息条件などで発生状況が変化しています。事前の確認をお願いします。 |
![]() 梶取社、玉依姫命が船の楫をここで外したという言い伝えがある。 梶取橋、1935年の豪雨により橋も梶取社も流された。1937年に復旧し、1995年に架け替えられた。 |
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![]() 鳥居そばに立つ樹齢700年の大杉 |
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![]() 御神水は貴船山より湧き出している |
![]() 水占(みずうら)みくじを水に浮かべると文字が浮き出してくる。 |
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![]() ご神木のカツラ、樹齢400年、樹高30m。 気生嶺、気生根とは、気の生み出す根源の場所を意味し、体内の気が萎える気枯れを、神気に触れることにより再生させるという。 |
![]() 石庭「天津磐境の庭」は、現代の作庭家・重森三玲により1965年にわずか2日で造られた。磐座、磐境の再現を、貴船川で産した貴船石(水成岩)を用いて船の形に組まれている。散逸していた貴船石の保存の意図もあった。椿の木は帆柱を表し、神の依り代も表している。 賀茂建角身命の娘・女神玉依姫命(たまよりひめみこと)が、浪花の津から黄色い船(「黄船」)に乗って淀川、鴨川と遡り、貴船の地に辿り着いたとの伝承を表現し、天津磐境(あまついわのさか)ともいわれる。 |
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![]() 境外末社貴船神社中宮(結社)、平安時代以来、縁結び、子宝、就職、入学祈願の神で知られている。本社、奥宮の後に中宮に参る。 |
![]() 御神木の相生の杉、同じ根から生えた二本の杉で、樹齢は1000年 |
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![]() 天の磐船、1996年に奉納された。磐長姫命(いわながひめのみこと)の御料船に因み、貴船山の自然石で組まれている。 長さ3.3m、幅1m、重さは6トン。 |
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![]() 思い川、もともとは禊の川、物忌みの川 |
![]() 和泉式部歌碑、1994年建立 「もの思へば 沢の蛍も わが身より あくがれ出づる 魂かとぞ見る」。 平安時代中期、多くの浮名を流した歌人・和泉式部(生没年不詳、978年出生か)は、再婚した夫藤原保昌の心が離れた折に、貴船神社詣により寄りを戻したとも言い伝えられている。(『十訓抄』『古今著聞集』『沙石集』)この歌には貴船明神の返歌があった。「奥山に たぎりて落つる 滝つ瀬の むたまちる許 ものな思いひそ」 |
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![]() ![]() 奥の宮、扁額は鉄斎による。 |
![]() スギ巨木の参道並木 |
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![]() 貴船川伝いに上り、奥宮に向かう参道には、樹齢700-1000年という杉の巨木が植えられている。 |
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![]() 奥の宮本殿、本殿下には竜神の住む竜穴がある。 |
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![]() 奥宮にある玉依姫命が、乗ってきた船を人目を忌んで石で隠したという船形石(ふながたいわ)、航海安全の信仰がある。 |
![]() 奥宮本殿、祭神は高おかみ(闇おかみ)を祀る。655年に社殿を作り替えたともいわれ、それ以前から存在したともみられている。現在の建物は江戸時代1863年に建てられた一間社流造。本殿下には竜穴とされる石積み穴があるという。 |
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![]() 奥の宮の老杉並木 |
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![]() 雨乞祭(3/9)、近代以前は雨乞いの滝で行われていた。お神酒と塩の御神水が、榊の枝によって撒かれる。この時、太鼓と鈴が鳴り、神職は「雨たもれ 雨たもれ 雲にかかれ 鳴神じゃ」と唱える。 |
![]() 雨乞祭 |
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